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南韓では米軍によって軍政が実施され、北朝鮮ではソ連軍によって軍政が実施された。結局北と南で理念が異なる二つの政府が成立された。その過程で自由主義勢力と共産主義勢力の間は、熾烈な対決局面となり、結局1950年6月韓国戦争が起きた。韓国戦争で500万人に至る人名の被害とともにほとんどの産業施設が破壊され、分断と対立は一層進化された。韓国戦争の以降、南韓は米国の軍事的、経済的支援を受けながら、反共の堡塁となった。李承晩政府の長期集権の画策は政治的には独裁を、社会的には不正・腐敗をもたらした。
だが、国民の自由と民主主義への熱望は4•19革命につながり、その結果、李承晩政府が倒れるようになった。これをきっかけに長勉内閣が成立されたが、安定を成す間もなく5•16軍事政変が起き、軍政が実施された。
軍政に続き、成立なれた朴正熙,政府は経済成長と国力身長のために積極的に努力した。
これにより、経済は急速に成長することができ、産業化と都市化が進展され、社会は農業中心から工業中心に大きく変化した。しかし、維新体制の成立で朴正熙政府は民主憲政体制から離脱し、これについての国民の抵抗と民主化の要求が強く表れるようになり、いよいよ維新体制は中からつぶれるようになった。
短いソウルの春と光州民主化運動を経ながら、新軍部が登場して民主化運動は続き、87年6月には民主抗争を通じて5共和国の独裁体制が終わりを告げた。
引き続きの6共和国でも民主化に向いた熱望は続いていた。
1993年、いよいよ30余年にわたった軍部統治に終止符を打ち、[文民政府]が誕生した。
引き続き、1998年には[国民の政府] が集権するようになる。 |
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